朝日のない朝

朝日のない朝

朝日のない朝

 
 スマートフォンのアラームが鳴っている。仕事の日の朝は、この瞬間が本当に嫌い。

 頭が重い、けれどなんだか、今日は妙に身体が軽く感じた。腰痛持ちの私には、起床時のこのタイミングで、一日のコンディションがほぼ分かる。

 少しはマシな一日になるのか。デスクワークも過酷な肉体労働。昨日の残業もキツかった。

 

 にしても部屋の中が真っ暗。いくら真冬とはいえ、朝の六時半にしては外が暗過ぎる。

 ____今日は雨でも降っているのかなぁ。いや、昨晩の天気予報では、今日は一日を通して快晴だったはずだけど。

 起床時に天気が悪いと分かると、途端にもっと起きたくなくなってくる。

 アラームが変な時間にセットされていたのか。布団の中からスマートフォンに手を伸ばし、時間を確認してみると、確かに今は六時半だった。

 ついでに、昨晩の夜中遅くまで、メッセージのやり取りをした親友の優(ゆう)ちゃんから、朝方の四時くらいに「やっぱり彼氏と別れた」と画面のポップアップが目に入った。

 ____だからあんな浮気男、さっさと別れちゃえば良かったのに。だってあの男、私の元彼と性格がソックリだったもん。

 

 なんだ・・・やっぱりもう起きなければならない時間だったのかと、私は二重に大きな溜め息をついた。

 暖かい布団の中から冷え切った空間へ、頑張って身体を持ち上げた。

 やっぱり今日は身体が軽い。まるでお酒を飲んで酔っ払ったときのように、ふわふわとして、いつもより首や腰の痛みは感じなかった。

 

 今朝はまた一段と冷え切っている。私は起き抜け即座に、エアコンのスイッチを入れた。

 やけに暗過ぎる外を見ようと、カーテンの隙間から外を眺めると、その風景は、まだ綺麗な夜景のままだった。

 コンクリートジャングルと言われている首都の眺望は、このマンションの七階から見れば、まだ見捨てるには勿体ない程度に、多少の癒やしを私に与えてくれていた。

 

 どうして今朝はこんなに暗いのか。部屋の電灯を点けるのと同時に、TVの電源も入れておいた。そして、今度はカーテンを大きく開けて、首を伸ばすように空を見上げてみた。

 窓越しの真っ暗な夜空には、ガラス玉を散らしたような星々が、ひとつひとつ存在感を放っていた。私は故郷の山形の夜空を思い出していた。都会生活に疲れを覚えていた私は、五年勤めた会社を辞めて帰郷しようかと、そんな相談のメッセージを母に送ったばかりだった。

「好きで上京したのでしょう。もう少しだけでも頑張りなさいな」

 母のその返答に、私はまだ既読したまま返信は送っていない。

 

 歯を磨きながら、寝ぐせで絡まった髪の毛をほどいていると、TVの写りが悪いことに気が付いた。

 ____嫌だなぁ、ついこの間に新しいのを買ったばかりじゃない。もう調子が悪くなったのかなぁ。

 しかし、TVが悪かった訳ではなかった。

 朝の情報番組は、いつもと明らかに様相が違っていた。写りが悪いながらも、映し出されているテロップの文字に、我が目を疑った。

 

「太陽が消滅したもよう」

 

 深刻そう、というよりも、いつもの顔馴染みで、ベテランの女性キャスターが、化粧でも誤魔化しきれないほど顔面蒼白で、その表情は、TVでは有り得ないほどに引きつりきっていた。そう、まるで気味が悪いほど、別の人が話をしているようだった。その表情を見るだけで、まるでホラー映画でも見ているかのように、私の胸はドキドキして、両耳の後ろが脈打っているのが分かった。

 

 彼女が過去に何度か大きな事件や事故、大災害などを報じているところを見てきていたが、その切迫感とは比較にならないほどの形相だった。

 私は、事件や事故、それ以外の報道で、例えば不景気で物価が上がって、一般庶民は月々の支払いが大変だとか、収入が少なく、将来の先行きが不安だとか、そんなニュースに対して、あたかも同情するようなコメントを、TVキャスターやアナウンサー、コメンテーターの芸能人が話しているのを見ると、あんたらは高給取りの仕事に就いているクセに、一般庶民の苦労とか不安の実感なんて分かってないだろ、なんて冷めて見てしまっていた。

 が、今は、どのチャンネルに切り替えても、どの局に写っているキャスターやアナウンサーも、早くこの場から自分の家に帰りたい、仕事どころではない、仕事なんて投げ出して、家族や大切な人と一緒に居たい。そんな悲劇的な焦りと、絶望的な表情と声色をしていたが、それが彼らの本音の叫びのように感じた。

 皮肉にも、この際になって、TVの中の人たちの感情が、ようやく視聴者の私に、ダイレクトに伝わってきていた。

 

 私は口に歯ブラシをくわえていることなど忘れて、もう一度、外の様子を見に窓際へ向かった。

 一見、いつも通りの夜の風景と同じであったが、やはり午前六時四十六分にしては暗過ぎるし、どの方角に目を配っても、朝焼けすら見える様子もない。

 ____マジ?本当に太陽が消えてしまったの?

 しばし唖然と、私は夜空(?)を見上げているらしかったが、空一面に瞬く星が、プラネタリュウムの中にいるように、左下から右上の方へ、肉眼でも分かる速度で一斉に動いているのが分かった。

 ____あんなに素早く星が動いているって、どういうこと?

 この異常を察したのと同時に、後ろからTVの音声が耳に入ってきた。

「今後、地球に及ぼす影響はどのようなことでしょう」

「そうですね・・・太陽エネルギーを失った今、地球の温度はどんどん低下していくでしょう。どれくらい下がるのか、あくまで推測の域ですが、場所によってはマイナス100度から200度に達するでしょうし、当然、植物も死滅、光合成も止まります。よって酸素不足も大いに懸念されると思います。あとは重力の問題もあります。場所によっては海面上昇、凍結や地形変動なども起こり得ます」

 早口で語る興奮気味な専門家は、さらに続けた。

「なぜ太陽が急に消滅したのかですが、それについてはまったく不明であります。前兆はもちろんありませんでしたし、膨張も収縮もせず、一切の予徴もなく、電灯を消すように、突然フッと消え去ってしまいました」

 専門家の言葉に対して、女性キャスターは十歳くらい年を取ったような顔付きになって「ちょっと、この現実に言葉が思い付きませんが・・・。と、ここで総理大臣の会見の模様が入ってきました。画面を切り替えます」と、重々しく番組を進行していた。

 

 ____太陽が消えるなんて、これっぽっちも考えたことがなかった。

 ____毎日毎日、当たり前に陽が昇り、当たり前に陽が沈んで、何があったって、また当たり前に陽が昇っていたのに。

 

「今の地球は、いわゆる帆を失った船であり、何処に行く当てもなく、風に吹かれるまま、潮に流されるままに、宇宙という途轍もない大海原を彷徨っている。つまり、現在我々が住んでいるこの地球は、宇宙を漂流しております。それが今の現状であります。しかし国民の皆様、どうか混乱せずに。世界の有識者と英知を結集して、この地球規模の難局を打開する策を練っております。どうか落ち着いて、可能な限り通常通りの生活をお過ごしください」

 

 総理大臣の言葉なんて、それこそ今の今まで真剣に聞いたことなんてなかった。でも会見をしている総理大臣の表情は、あのTVキャスターと同様に、明らかに異質で切羽詰まった面持ちをしていて、発した言葉には、これはいつも通りだが、なんの説得力はなかった。

 ____だって、この状況で通常通りの生活なんて!!

 けれど一大事であることくらいは、寝起きの私も段々、ようやく理解し始めていた。

 それは今の星空から容易に納得ができたから。この速度で動いている星々を目の当たりにする限り、もう地球は太陽の引力から解放されて、いわゆる太陽系の軌道から離脱してしまったのだろう。

 故郷である山形では、綺麗な星空は日常だった。

 私は、そんな夜空が大好きで、しょっちゅう星空を眺めていた。だから宇宙の仕組みとか、銀河系とか太陽系とか、惑星だったり地球だったり、専門家ではないけれど、図鑑くらいの知識はそれなりに持っていた。

 天体観測も大好きだったけれど、同時に恐ろしくもあった。宇宙って夢がたくさん散りばめられた空間ってイメージが強かったけれど、やっぱり怖い印象も大きくて、深海と同じで、生身の人間が生きられない場所だから、どうしても「死」のイメージにも直結してくる。

 

 上京してからというもの、仕事や遊びだったり、日々の都会生活に没頭してしまって、思い返せば夜空なんて、ほとんど見ることは無かったと思うし、当たり前の日常に、星空なんてものから関心が薄れていたのだと思う。

 ____そもそも、大都会の空を見上げても、星なんて見えやしないし・・・。

 

 と、私は急に下腹部に違和感を感じて、慌ててトイレに駆け込んだ。

 ____おかしいな、先週に終わったばっかりだったのにな。

 トイレから出て、途中だった歯磨きをようやく終え、口をすすぐのに洗面台の蛇口から水を出すと、水が落ちて飛び跳ねた水滴が、まるでスローモーションのように遅く見えて、大小のビー玉が乱雑に踊り狂っているようで、それを見ていると不思議と乗り物酔いに近い、少し目が回るような気持ちが悪い感じがした。

 

 スマートフォンを見るとメッセージが届いていた。

 ひとつはグループメッセージで、会社の上司からだった。

「我が社の業務は当面の間は休業すると社長から役員への連絡が入った。今後、この世の中がどうなるのか見当もつかない。今は各々、身の安全を確保して過ごして欲しい。また追って連絡します」とのことだった。

 ____へぇ、こんな状況なのに平気で「出て来い」と言われるかと思ったけれど、案外うちの会社って良い企業だったのかも知れないね。

 なんてことを思いながら、外で動いている車のライトや、歩いている人たちを眺めながら、その人たちを勝手に哀れんで、勝手に私は自身に感慨していた。

 

 すると微かに揺れを感じた。

 ____え、地震?やめてよね、こんなタイミングで大地震とかさ。

 ここはマンションの七階だから、少しの揺れでも大きく感じてしまうけれど、この揺れは地震の揺れよりも細かい振動だ。つまり地面が揺れているというより、空気が細かく振動している感じだった。

 すると窓ガラスがビリビリと音を立て始めた。

 私はまた窓際へ急いで、もう夜空とは呼べない夜空を見上げた。

 ____あぁ、やっぱり地球は漂流をしているのね。

 そう理解できたのは、さっきは左下から右上へ、斜め上に動いていた星々が、今度は右から左へ水平に、これも目で追える程度の早さで流れていたからだ。

 ____あ、そうか・・・多分もう月も何処かへ行ってしまったのかな。だから私の身体にも、さっき異変が?

 どこを見回しても、慣れ親しんだ月は、文字通り見る影もなかった。

 それよりも、細かな振動は、それをやや強めながら窓ガラスを震わせている。

 冷たくなっている窓ガラスに指を当てると、爪の先から肘の辺りまでを、私をくすぐるような振動を感じさせた。

 

 太陽が消え去っても、まだ星が瞬いているのは、遠くの星ほど、過去の太陽の光を反射しているから、と本で読んだ記憶がある。

 だから逆に、近ければ近い星ほど、もう輝きを失っているということだ。月も案外、まだ地球の傍に、ピッタリとくっ付いているのではないか。そんな風に思って、空に目を凝らして探してみた。

 すると、ちょうど私の目前の空の三分の一くらいを、丸い形をした真っ黒な大きな影が、ポッカリと星空をくり抜いているように現れていた。

 ____なにあれ?

 ビリビリと、さっきまで細かかった振動が、今は大きな鳴動のようになって私の頬を揺らすほどになっていた。

 不安になって窓ガラスから指を離すと、今度は家の中の家具や食器がガタガタ、カチャカチャと騒ぎ出し始めた。

 するとその大きな影は、空を覆うほどの大きな影になって、私の頭上を音も無く過ぎて行った。

 

 その後は、またさっきまでと同様に、星たちは普段よりも足早に、宙空を群れを成して右から左へと泳いでいる。

 さっき一瞬だけ、窓越しでもその大きな丸い形をした影の表面が見えた気がした。

 ____今、さっきのは多分・・・・。

 あの大きな黒い影の表面にはクレーターのゴツゴツとした凹凸が、気持ちが悪くなるくらいに近くに見えた。色は無かったように見えたけれど、白と黒だけの色彩で、でも室内のガラス越しで見ていたから、そんな色合いに見えたのかも知れないけれど。

 でもそう、今のは見慣れていた、月だったと思う。

 私たちが悠久の時代より慣れ親しんでいた月は、今さっき、地球の引力の呪縛を解かれて、遥か遠くへ旅立ってしまったようだった。

 呆気に取られていたら、もう振動はすっかり治まっていて、部屋の中はTVの音と、エアコンの吹き出し音と、室外機のうなりだけになっていた。

 

 雑音ばかり混ざっているTVから、今度は米国大統領の会見が同時通訳で流されていた。

「現在、我々の地球は、正しく自転しています。しかし、不安定に回転しながら、宇宙空間を漂っております。太陽系が崩壊した今、地球内の所々で、重力場の変動が起こっていると報告があります。ある地域では〇・八Gであったり、ある地域では一・二Gだったり。地球上の生命体にこれが、どのような影響を与えるのか、それはまだ分かっておりません。あと月が、地球の唯一の衛星だった月が、地球から離れていったようです。宇宙局によれば、海流に・・(ノイズ)・・潮の流れや、それが天候・・(ノイズ)・・気候に、多大で深刻な影響を与えるとしています。スノーボールアースという言葉を、皆さんは聞いたことがあるでしょうか・・・・」

 

 スマートフォンに、母からメッセージが届いた。

「今ならまだ電車も動いているでしょ」

「早くこっちに帰ってきなさい」

「お父さんは車で東京まで迎えに行くと言ってるわ」

 

 ____確かに仕事も当面は休みだし、恋人もいる訳でもないし。なにも東京に拘る必要はないわよね。

 ____でもこんなときに、会社と母からしかメッセージが来ない私って・・・。

 ____いやいや違う。お母さんから来ただけで充分じゃない。早く荷物をまとめて山形へ帰ろう。

 

「うん、直ぐに荷物を作ってそっちに帰るね。まだ新幹線は動いているみたいだから。お父さんには大丈夫って伝えてね」

 少し手間取ったけれど、母にはこう、メッセージを送り返した。

「・・・最も需要なのはエネルギーの確保になります。当面は原子力、火力、稼働できる全ての発電施設を、フル稼働させます。予測ができませんが、こうは考えられないでしょうか。いつの日か地球は漂流を終え、別の銀河にある、太陽のような恒星の軌道に入る。それまで、これから来たる氷河期を、ひとつでも多くの生命を、繋いでいけないか」

 困り顔の米国大統領の会見は続いていたが、それは私の片耳にだけに留め、詰め込めるだけの荷物をキャリーケースに押し込んだ。

 どうせ大統領も首相も政治家も、それに社会的地位のある大金持ちとかは、核シェルターのような施設にこれから匿われるのだろう。

 地獄の沙汰も金次第って、なにかで聞いたことがあったけれど、こういう局面で露呈する人間っていう生き物の本性とか醜態だとかを、これからどれだけ見たり感じたり経験することになるのだろう。そう考えると、少しだけ怖くなってきた。

 玄関で、またここに戻って来ることはあるのかなと、今の私は感傷に浸る余裕は一切なかった。ただ早く故郷に帰りたかったから。

 

 外へ出ると、思った以上に空気が冷え切っていたので、コートのフードを深く被って、マフラーを鼻の辺りまで引き上げた。

 散々荷物を詰めたキャリーケースは、わりに重さが軽かった。

 ____そうか、さっきTVで言ってたけれど、この辺りの重力って、少し軽くなっている地域なのかしら。

 と、今さら気が付いた。

 でも逆に、重力が重たい地域だったら腰痛も酷いだろうし、こんな荷物は持てたものじゃなかったはず。

 ____軽重力も悪くないわね。

 

 最寄りの駅に向かおうと、マンションから一本先の通りに出ると、道路は真っ赤なイルミネーションが連なっていた。

 ____クリスマスの時期だったら綺麗だったのになぁ。

 ____っていうかさ、みんなどこに行こうとしているの。どこへ行っても、なるようにしかならないのにさ。

 笑えるほど、私の心境は明らかに矛盾していた。

 しかし人間ってそんなもので、自分は良くても、他人がやると目障りに感じたり、うっとうしく思うもの。

 でも不思議と街の人たちは案外冷静で、とても人類が絶滅するような、地球が壊滅するような破滅的な香りはここには無かった。

 ____それはここが日本だから?・・・諸外国にでも行ってみれば、きっとオカルト的なことだったり、その土地の風習であったり、宗教上のことだったり。

 ____それが発端で暴動とか起こったり、略奪とか、戦争みたいになっていたりして。そう考えると宇宙とか自然現象も恐ろしいけど、人間も負けず劣らずってところよね。

 

 私は、駅までの近道で、ビルとビルの間にある、細い道に入った。

 と、周囲が細かく振動を始めていた。

 また空気が震えている。

 空を見上げると、さっきまで右往左往していた星なんてひとつも見当たらない。ビルとビルの隙間にある空には、漆黒の闇しかなかったのだった。

 ____さっき月が通り過ぎたときと同じじゃない。今度はなによ?

 私は立ち止まって、暗闇を中をジッと見つめ続けた。

 

 すると、あるのは闇だけではなかった。

 紫色をした複数の横線のようなものが、うっすらと浮かび上がってきた。

 でもそれが何なのかよく分からない。

 数回だけ強めに瞬きをしてみた。

 改めて見てみると、それは巨大な瞳のようだった。

 存在に気が付いたときには、瞳は薄らと焦げ茶色をしていた。

 そんな途轍もなく大きな瞳が、ビルとビルの隙間から見える空を埋め尽くして、私を睨みつけながら迫り、ゆっくりと降りてくる。

 急激に空気の振動は強くなってくる。

 恐怖なのか振動のせいなのか、私の膝はガクガクと怯えきっていた。

 遠くの方で、人が騒いだり、悲鳴を上げている女性の声が鳴り止まない。

 私は、あえて大きく深呼吸した。

 冷たく乾いた空気が、喉の奥を爪でひっ掻いたように、微弱な快楽に近い痛みを与えた。

 次のときには、真っ白い吐息が、私の顔の周辺を取り巻いていた。

 

 少し冷静になってみると、私は空の、この大きな瞳に見覚えがあった。

 確かあれは、子供の頃に図鑑で見たことがあって・・・。

 ____そうだ、これは瞳ではなくて大赤斑?

 ____そうこれは、木星の大赤斑!!・・・木星が地球に激突!?

 思った刹那、目前に紫色の稲妻が縦横無尽に走った。

 そして、一気に空が真っ白に輝いた。

 私はとても目を開けてはいられなくなって、というよりも、両目を千枚通しで突き刺されたような衝撃が走って、たまらず両手で顔を覆って地面にひざまずいた。

 

 空全体が落ちてきたようで、轟音を立てながら私の背中を乱打して、まともに呼吸すらできない。

 そして地面からは、強大な怪物が暴れ狂って地表を突き破ってくるような強振が、私の両膝から身体全体へと突き上げた。

 ____重い!身体が鉄の塊のように重くなって、地面に食い込んでしまいそう!

 堪えようもなく、私の身体はアスファルトに食い込みそうになりながらも、同時に地面からの突き上げに、四肢がおかしな方向へと折り曲げられていく。

 後頭部に巨大な鉄球が激突したような衝撃を感じ、眼球が飛び出して、鼻と耳から何かが噴き出す感触がした。

 

 それでもまだ、私の身体は大地の・・・地球の振動を肌で感じ取っていた。

 

 しかしその振動の間隔が、段々と細切れになっていき、フワッと身体が軽くなったのと同時に、私から、五感の全てが消え去ってしまいました。