南十字星と初恋 14「Wの衝撃」
- 2024.05.30
- 小説
・この話の主な登場人物
「富岡 政樹(とみおか まさき)」二十五歳:鳥海美咲の従兄でマネージャー、元ミュージシャン
「奥屋 紗知(おくや さち)」二十六歳:週刊ターゲットの記者
「盾ノ内 凡司(たてのうち ぼんじ)」二十五歳:警視庁刑事、巡査、政樹の同級生
「道内 佳澄(どうない かすみ)」三十五歳:警視庁刑事、警部、凡司の先輩
「三辻田 順(みつじだ じゅん)」五十四歳:警視庁の刑事課の課長、警視
「深田 光憲(ふかだ こうけん)」三十八歳:外務省のアジア大洋州局に勤務
「宮ノ前 朱里(みやのまえ あかり)」三十二歳:外務省の経済局に勤務、深田光憲と同省
自宅で仕事へ出掛ける準備をしていた政樹に、楯ノ内凡司からの電話が鳴った。
「マサ!衝撃の事実だ!」と切り出す。
「先輩から聞いて、資料も今もらった所だが、家妻雪夜が密かに会っていた例の外務省の深田光憲だけどな、あのふたりは兄妹だ。正確に言えば腹違いの異母兄妹になるが」
「兄妹!?・・・だったのか?・・・雪夜さんは天涯孤独ではなかったのか?」
「しかしこのふたりにそこまで接点は無かったはずだ。家妻雪夜が病気になったあと、深田光憲からコンタクトを取ったんだろうと思う」
「よく分かったな、こんなこと」
「ああ、先輩が別の課の人間に、戸籍を調べさせたんだ。でもあのふたりが兄妹だったことは大した問題じゃない。そこで深田のことを少し調べた。深田は東京都出身で名門大学を出たあとに外務省へ入ったが、家妻雪夜に接近したのは、そんな前のことではなさそうなんだ。それでな・・・」
これを知った政樹から、深田光憲への男性としての嫉妬心が薄れた。
「すまん!ボン、悪いんだが今から美咲の迎えに出る時間なんだ。また合間に連絡する。まぁお前も忙しいだろうから、申し訳ないけど」
話は途中だったが、政樹の頭の中は興味津々だった。早く凡司の話の続きを聞きたくてウズウズしていた。いつもの通り、後部座席で美咲はああだのこうだのと仕事のことを愚痴っていたが、この時ばかりは彼の耳までは届いていなかった。
美咲のドラマ撮影に合間があったので、政樹はチャンスとばかりにスマートフォンを持って、凡司刑事に電話をするところだった。が、画面を見ると奥屋紗知記者から「取り急ぎ!お手すきの時にTELください!」というメッセージが届いていたので、反射的に先に奥屋記者へ電話をかけてしまった。
「富岡さん、衝撃の事実です!」と政樹は、本日二度目の衝撃の事実を打ち明けられそうだった。
しかし、彼女から出た衝撃の事実とは、凡司とのそれとはまた違ったものだった。
「深田光憲、あれは怖い男ですよ。彼は薬物の売人です。彼は恐らく裏で薬物の売買をしています」
「え!?・・・ど、どういうことですか!?」
「情報筋は明かせませんが、実際に取引に応じた人間と接触することができました。深田から違法薬物を買ったという人です」
「いったい・・・何者なんですかね。深田光憲って」
「正直、これが家妻さんの件と、どう関係するかは分かりませんが、深田光憲って怪しさ全開ですよね」
政樹の頭の中でふたつの衝撃の事実が、凄まじい勢いで、ぶつかり合いながら回転していた。
「あの、紗知さん。実はボンからも深田について連絡をもらっているんです。いったんボンに連絡しても良いですか?それと、紗知さんの情報を、彼に伝えても良いでしょうか?」
「え、ええ、もちろんです!・・・ただ情報筋の薬物購入者に関しては、私のほうから情報提供することは出来ませんので!」
こう釘を刺された政樹は警察官ではないので、薬物購入者にはまったく関心は向かなかった。あくまで深田光憲の素性だけに関心があったので、その旨を凡司にそのまま伝えた。
「違法薬物の売買!?・・・マジか。そっか、それなら二課の仕事になるが、あとで一旦先輩に相談する。それと、さっき言えなかったことだが、関係性は定かではないが、家妻雪夜が亡くなったのと同時期に、深田の勤務先である外務省の経済局にいた宮ノ前 朱里(みやのまえ あかり)という人物が行方不明になっている」
「?・・・どういうことなんだ?」
「偶然にしてはタイミングが良すぎるって先輩が言うんだ。宮ノ前さんの家族から・・・彼女は東北出身で、単身で上京しているらしいが、実家の家族から行方不明届けが出されていたんだ」
「そ、そうなのか・・・まさか?」
「そう、そのまさかだ。もう想像はつくよな。先輩が疑っているのは、家妻雪夜と宮ノ前さんがすり替えられているのでは、ということだ」
「そんなことできるのか!?・・・どうやって?」
「先輩はある程度の仮説を、今のも含めて何個か立てている。それをこれから調べてみるところだが、俺たちも本来の仕事が山積していてな。でも先輩は上に持ち掛けて、再捜査に踏み切る様子なんだ。こっちを優先したいと」
「おおごとになりそうだな。・・・なにか、なにか自分にもできることはないのか?」
「いや、ありがたいが、今はむしろ逆だ。マサ、お前は大人しくしていろ。なんだか背景がヤバい気がする。奥屋記者にも伝えてくれ。あまり深入りしないほうが良いってな」
そう言って凡司は政樹との会話を終わらせた。
「で、先輩。上は・・・再捜査になりそうですか?」
「課長に呼び出されたわよ。別で頼みたいこともあったから、ちょうど良かったけど。・・・それはさておき、勝手な行動はするなとか、過去の事件を調べ直すなとか、ずいぶんとおかんむりになってたわ」
「ひぇ~。三辻田(みつじだ)刑事課長っスよね・・・俺も呼ばれるんスかね?」
「家妻雪夜さんの事件当時、指揮を取っていたのが課長だったから、プライドもあったんでしょ」
「いや~、怖いっスね・・・俺また交番勤務に逆戻りかなぁ」
「黙らせたわ、だから大丈夫。今のところはね。だって私たちは、ちゃんと本来の事件捜査もしているでしょ?」
佳澄先輩がどうやって三辻田刑事課長を黙らせたのか、凡司は気になったが、ちょっとした心当たりがあった。
凡司は警視庁の刑事部に配属が決まったころ、別の先輩刑事から佳澄のことを少し聞いていた。
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道内佳澄はキャリアで警察庁へ入庁し、とんとん拍子で出世街道を邁進していたのだが、とある連続強盗殺人事件で、警視庁の三辻田順と共に陣頭指揮を取ることになった。
その事件は大きな強盗グループが関わっており、元々、三辻田が率いる警視庁捜査一課の捜査班が詰めていた事件だったのだが、上層部の意向で、警察庁が介入することになり、当時は警視まで昇格していた道内佳澄が捜査に加えられることになった。それを疎ましく思ったのは、三辻田だけではなかった。三辻田以外の捜査員も、警察庁のキャリアで、しかも女性である道内佳澄の導入を嫌ったのである。佳澄は少し偏屈なところがあるゆえに、余計に嫌味を誘ったのだろう。
なんとか双方ギリギリ折り合いを付けつつ、いよいよ犯行グループのアジトへ突入という大詰めを迎えた段階で、ついに三辻田順と道内佳澄の意見は割れてしまう。
「いや、まだ逃走経路を完璧に塞いでいません!」
「そんなことはないだろ!すでに捜査員は配置済みだ!突入は今しかない!」
「まだ逃走経路に抜けがあります!ここと、ここも。もっと捜査員を補充して、幾重にも包囲網を重ねないと・・・」
「馬鹿野郎!・・・もうすぐ奴らが動き出す情報が入っているんだ。時間がない!」
「私が上層部へ掛け合います。突入はもう少し待ってください!」
「てめえ何様だ!!俺がずっと追い詰めたヤマなんだ!!あとから入ったくせに、偉そうなこと言ってんじゃねえ!!」
「さきもあとも関係ないでしょ!!今の状況と、今後の危険の可能性の話をしているんです!!」
ふたりのやり取りを聞いていた三辻田の部下が痺れを切らした。
「道内さん、言っちゃなんだが警察庁から来ているアンタに味方する奴はいないぞ。俺たちは三辻田さんと一緒にずっとこのヤマを追っていた。ようやく奴らを一網打尽に出来る最高のチャンスが来たんだ」
別の警視庁の捜査員も続けて、わざと聞こえるような声の小ささで「キャリアの姉ちゃんはすっこんでろよ」と呟いた。
そして三辻田は大きなミスを犯した。
アジトへの突入のタイミングを早まったのだ。
結果、強盗グループの一斉検挙の際、犯人グループのひとりを取り逃がしてしまう。道内佳澄が指摘した逃走経路の抜けを、まんまと突かれたのだ。それに加えて、その逃げた強盗犯は逃走中に住宅地に逃げ込み、あろうことか住宅に侵入、籠城する。しまいには、住まいの老夫婦を殺害してしまうという、新たな惨劇を生んでしまったのだった。
強盗グループによる一連の連続強盗殺人事件の解決には至ったが、これは大きな社会問題となり、責任の追及は避けられなかった。
当然、指揮を取り違えた三辻田が処分となると思いきや、三辻田は評価され、道内佳澄が処分されたのである。
突入前のやり取りを三辻田の部下たちが、道内の言葉と三辻田の言葉をすり替えたのだ。部下たちは上層部に、あのタイミングで突入の指示を出したのは、道内佳澄だと口裏を合わせたのだった。
道内佳澄は憤ったが、所詮組織の世界。不本意でも処分は免れず、警視から警部に降格になり、警察庁から警視庁の刑事部へ異動となった。皮肉にも、三辻田の部下になることになったのだ。
佳澄警部は、三辻田警部に大きな貸しを作った。
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そんな話を思い出した凡司だったが、三辻田と道内の関係性を本人に確かめる勇気は起きなかった。しかし、佳澄先輩の「黙らせたわ」の言葉に、今はどちらに実権があるのか、なんとなく理解できていた。
「さてと。ボンくん、ちょっとお願いしたいことがあるの」
「はい、なんスか?・・・あ、電話だ。すみません、ちょっと待ってください」
楯ノ内凡司のスマートフォンには、顔合わせの日に連絡先を交換して以来、初めて奥屋紗知記者からの電話を受信していた。
「はい。楯ノ内です。・・・もしもし?・・・もしもーし」
一度、耳元からスマートフォンを放してディスプレイを見てから、また耳に当てて呼び掛けてみた。
「もしもし?奥屋さんですよね?・・・はい!?・・・どうしました!?」
そばで立っていた道内佳澄警部も、凡司を横目で気にしていた。
「え!?本当ですか!?・・・大丈夫ですか!?・・・救急車は呼びましたか!?・・・わかりました!すぐ行きます!」
慌てた様子で電話を終えると、凡司は佳澄にこう言った。
「先輩!!・・・奥屋記者が襲われたらしいっス!!」
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