南十字星と初恋 15「病室にて」

南十字星と初恋 15「病室にて」

・この話の主な登場人物

「富岡 政樹(とみおか まさき)」二十五歳:鳥海美咲の従兄でマネージャー、元ミュージシャン

「奥屋 紗知(おくや さち)」二十六歳:週刊ターゲットの記者

「盾ノ内 凡司(たてのうち ぼんじ)」二十五歳:警視庁刑事、巡査、政樹の同級生

「道内 佳澄(どうない かすみ)」三十五歳:警視庁刑事、警部、凡司の先輩

「高田 勇(たかだ いさむ)」四十六歳:週刊ターゲットの編集長

 

 

「お忙しいところ、すみません。・・・不覚ですよ。この仕事をしていて、こんなヘマしたの初めてです」

病院のベッドの上に、あぐらをかいて座る奥屋紗知記者は、頭が包帯でグルグル巻きにされていた。そのベッドの脇には、道内佳澄警部に楯ノ内凡司巡査、それに奥屋記者の上司である週刊ターゲットの編集長の高田 勇(たかだ いさむ)も来ていた。

 

「深田光憲に直接取材に行きましたね?・・・アポを取ってから、その待ち合わせ場所の付近で襲撃された・・・ってところですか?」

こう切り出した警部に、まるで図星を指された面持ちになった記者は、ペロっと舌を出した。

「深田は、今回はやけにすんなりと取材OKを出したのでは?」

「は・・・はい。待ち合わせ場所も・・・向こうに指定されました」

「ふ~ん」と警部と凡司は、やっぱりなと言いたそうな表情で、お互いの顔を見合わせた。

「お前なぁ・・・。あれだけ単独行動には気を付けろって言ってただろ?」

「でも編集長!こんなスキャンダルなんて滅多に無いんですよ!・・・これを記事にできたら、どんだけ部数を稼げるか!」

「あぁあぁ!そりゃあ有り難いよ!・・・だけどな、いいか?こんな傷害事件を起こされてみろ。他社や、ヘタすりゃお前、新聞社だって、このでかいネタに嗅ぎ付いてくるんだぞ?そうなったら今までの努力はどうなる。・・・ぜんぶ水の泡だぜ?」

「分かってますよ・・・でも、なんとかして真相に辿り着かなきゃ」

記者と編集長のやり取りを見届けた佳澄は、被害届を出すための事情聴取をしたあと、本題へと話題を切り替えた。

 

「奥屋さん、深田光憲が薬物の売買をしているというのは本当ですか?」

「はい・・・情報源は明かせませんが、確かな証言を得て深田に取材を申し込みました。仰る通り、今回は異様なくらいにスムーズに取材までこぎ着けたので・・・油断しました」

「深田は薬物の売買のみ、使用はしていない?」

「はい。あくまで深田は売買のみで・・・」

「なるほど。分かりました」

納得した佳澄警部に、今度は奥屋記者が質問をし返した。

「そういえば、富岡さんから聞きましたが、道内警部と楯ノ内さんが調べて分かったことって?」

凡司は、深田光憲と家妻雪夜が腹違いの兄妹だったこと、深田光憲が勤務する外務省の同僚、宮ノ前朱里が、家妻雪夜が死亡した時期から行方不明になっていることを伝えた。

奥屋と編集長はしばらく顔を見合わせたままだった。大きいネタに飢えている職業柄、これほど美味しそうなネタはないはずなのに、ふたりは嬉しそうではなかった。それはなぜなのか。この会話からなにを感じ取ったのだろう。ふたりの顔は、週刊誌の記者と編集長の、それとは違っていた。

 

「ここからは一旦、我々警察に任せてもらえませんか」

「わ、分かりました。しかし道内さん、我々もジャーナリストの端くれ、手を止めるつもりは・・・もちろん危険も承知ですし、奥屋もこの有り様ですから、重々覚悟の上ですが」と編集長。

「えぇ。我々が言っても止まる方々ではないことくらい百も承知です。ですので、あくまで形式上ということで」

常に会話の先へ行く道内警部に、編集長は少し困った顔になっていた。こう告げると警部と巡査は病室をあとにする。

 

佳澄と凡司は車に乗り込むと、先輩刑事は、後輩刑事に先ほど言えなかった、ある指示を彼に出した。

「了解しました!・・・いよいよ大詰めっスかね」

「どうだか・・・まだ私には見えて来ないところがあるのよね」

助手席の警部は腕組みをしたまま、厳しい顔をして窓の外のなにかを睨んでいた。

 

奥屋記者の病室には、入れ替わるように今度は富岡政樹が飛び込んで来た。

「紗知さん、大丈夫ですか!?・・・ボンに聞いて驚きましたよ!」

「いやぁ、ドジっちゃいましたよ」

ことの経緯を説明すると、政樹は顔をこわばらせていた。

「申し訳ない」と彼は頭を下げた。

「え?・・・なんで富岡さんが謝るんですか?」

「僕が、雪夜さんの死について違和感を持たなければ・・・」

「いやいや、違和感なら私も持っていたじゃないですか。お互いに一致したから、だからお互いに調べていこうって話になりましたよね?」

「でもまさかこんなことに・・・新たな事件まで起きてしまったわけだから」

「遅ればせながら、週刊誌ターゲットの編集長の高田です。いつも奥屋がお世話になっています」

「こちらこそ。本当に、こんなことに巻き込んでしまって、怪我までさせてしまい・・・」

「ですから、これは私の責任ですから!」

「そうです!この怪我は奥屋にも責任はあります。もちろん怪我を負わせた犯人が重責ですが、おめおめと相手の術中にハマった奥屋の落ち度ですよ!」

「はは・・・頭が痛い。色んな意味で・・・」と奥屋記者は両手で頭を抱えた。

 

「紗知さんを襲ったのは深田なんですか?」

「警察は・・・道内さんと盾ノ内さんは、深田光憲を容疑者として見ています。私が取材で追及しようとした薬物の売買だと、別の課が介入するそうなので、道内さんたちは傷害容疑で追いたいと言ってました。その辺では私の怪我が功を奏したようで」

と言って、紗知は自らの頭に巻かれている包帯のあたりを、ポンポンと軽く叩いた。

「だがしかし、深田光憲の容疑はこれだけでは済まんよな。まだ憶測の域を脱しないが、もしかしたら薬物売買、傷害容疑なんてもんじゃなさそうだからな」

高田編集長は難しい表情で頭をかいた。

 

政樹の心中は複雑だった。憧れの人、家妻雪夜の死への違和感。これが発端となって始まった一連の流れ。色んな人を巻き込んでしまった。そんな後悔が次から次へと彼の心の波を荒立てていた。

「もうあとには引けませんよ」

波を止めるようにこう声をかけたのは、もちろん奥屋紗知だった。

「事態は動いているんです。いまさら富岡さんが尻込みしたところで、もう誰も止められないですからね」

政樹はまた、紗知と編集長に深々と頭を下げた。

「ほらほら!美咲ちゃん忙しいんだから、こんなところで油を売ってないで、早く戻ったほうが良いですよ!」

手負いの紗知からの言葉で背中を押され、政樹は肩を落としながら、フラフラと病室を出ていった。