南十字星と初恋 15「病室にて」
- 2024.05.30
- 小説
・この話の主な登場人物
「富岡 政樹(とみおか まさき)」二十五歳:鳥海美咲の従兄でマネージャー、元ミュージシャン
「奥屋 紗知(おくや さち)」二十六歳:週刊ターゲットの記者
「盾ノ内 凡司(たてのうち ぼんじ)」二十五歳:警視庁刑事、巡査、政樹の同級生
「道内 佳澄(どうない かすみ)」三十五歳:警視庁刑事、警部、凡司の先輩
「高田 勇(たかだ いさむ)」四十六歳:週刊ターゲットの編集長
「お忙しいところ、すみません。・・・不覚ですよ。この仕事をしていて、こんなヘマしたの初めてです」
病院のベッドの上に、あぐらをかいて座る奥屋紗知記者は、頭が包帯でグルグル巻きにされていた。そのベッドの脇には、道内佳澄警部に楯ノ内凡司巡査、それに奥屋記者の上司である週刊ターゲットの編集長の高田 勇(たかだ いさむ)も来ていた。
「深田光憲に直接取材に行きましたね?・・・アポを取ってから、その待ち合わせ場所の付近で襲撃された・・・ってところですか?」
こう切り出した警部に、まるで図星を指された面持ちになった記者は、ペロっと舌を出した。
「深田は、今回はやけにすんなりと取材OKを出したのでは?」
「は・・・はい。待ち合わせ場所も・・・向こうに指定されました」
「ふ~ん」と警部と凡司は、やっぱりなと言いたそうな表情で、お互いの顔を見合わせた。
「お前なぁ・・・。あれだけ単独行動には気を付けろって言ってただろ?」
「でも編集長!こんなスキャンダルなんて滅多に無いんですよ!・・・これを記事にできたら、どんだけ部数を稼げるか!」
「あぁあぁ!そりゃあ有り難いよ!・・・だけどな、いいか?こんな傷害事件を起こされてみろ。他社や、ヘタすりゃお前、新聞社だって、このでかいネタに嗅ぎ付いてくるんだぞ?そうなったら今までの努力はどうなる。・・・ぜんぶ水の泡だぜ?」
「分かってますよ・・・でも、なんとかして真相に辿り着かなきゃ」
記者と編集長のやり取りを見届けた佳澄は、被害届を出すための事情聴取をしたあと、本題へと話題を切り替えた。
「奥屋さん、深田光憲が薬物の売買をしているというのは本当ですか?」
「はい・・・情報源は明かせませんが、確かな証言を得て深田に取材を申し込みました。仰る通り、今回は異様なくらいにスムーズに取材までこぎ着けたので・・・油断しました」
「深田は薬物の売買のみ、使用はしていない?」
「はい。あくまで深田は売買のみで・・・」
「なるほど。分かりました」
納得した佳澄警部に、今度は奥屋記者が質問をし返した。
「そういえば、富岡さんから聞きましたが、道内警部と楯ノ内さんが調べて分かったことって?」
凡司は、深田光憲と家妻雪夜が腹違いの兄妹だったこと、深田光憲が勤務する外務省の同僚、宮ノ前朱里が、家妻雪夜が死亡した時期から行方不明になっていることを伝えた。
奥屋と編集長はしばらく顔を見合わせたままだった。大きいネタに飢えている職業柄、これほど美味しそうなネタはないはずなのに、ふたりは嬉しそうではなかった。それはなぜなのか。この会話からなにを感じ取ったのだろう。ふたりの顔は、週刊誌の記者と編集長の、それとは違っていた。
「ここからは一旦、我々警察に任せてもらえませんか」
「わ、分かりました。しかし道内さん、我々もジャーナリストの端くれ、手を止めるつもりは・・・もちろん危険も承知ですし、奥屋もこの有り様ですから、重々覚悟の上ですが」と編集長。
「えぇ。我々が言っても止まる方々ではないことくらい百も承知です。ですので、あくまで形式上ということで」
常に会話の先へ行く道内警部に、編集長は少し困った顔になっていた。こう告げると警部と巡査は病室をあとにする。
佳澄と凡司は車に乗り込むと、先輩刑事は、後輩刑事に先ほど言えなかった、ある指示を彼に出した。
「了解しました!・・・いよいよ大詰めっスかね」
「どうだか・・・まだ私には見えて来ないところがあるのよね」
助手席の警部は腕組みをしたまま、厳しい顔をして窓の外のなにかを睨んでいた。
奥屋記者の病室には、入れ替わるように今度は富岡政樹が飛び込んで来た。
「紗知さん、大丈夫ですか!?・・・ボンに聞いて驚きましたよ!」
「いやぁ、ドジっちゃいましたよ」
ことの経緯を説明すると、政樹は顔をこわばらせていた。
「申し訳ない」と彼は頭を下げた。
「え?・・・なんで富岡さんが謝るんですか?」
「僕が、雪夜さんの死について違和感を持たなければ・・・」
「いやいや、違和感なら私も持っていたじゃないですか。お互いに一致したから、だからお互いに調べていこうって話になりましたよね?」
「でもまさかこんなことに・・・新たな事件まで起きてしまったわけだから」
「遅ればせながら、週刊誌ターゲットの編集長の高田です。いつも奥屋がお世話になっています」
「こちらこそ。本当に、こんなことに巻き込んでしまって、怪我までさせてしまい・・・」
「ですから、これは私の責任ですから!」
「そうです!この怪我は奥屋にも責任はあります。もちろん怪我を負わせた犯人が重責ですが、おめおめと相手の術中にハマった奥屋の落ち度ですよ!」
「はは・・・頭が痛い。色んな意味で・・・」と奥屋記者は両手で頭を抱えた。
「紗知さんを襲ったのは深田なんですか?」
「警察は・・・道内さんと盾ノ内さんは、深田光憲を容疑者として見ています。私が取材で追及しようとした薬物の売買だと、別の課が介入するそうなので、道内さんたちは傷害容疑で追いたいと言ってました。その辺では私の怪我が功を奏したようで」
と言って、紗知は自らの頭に巻かれている包帯のあたりを、ポンポンと軽く叩いた。
「だがしかし、深田光憲の容疑はこれだけでは済まんよな。まだ憶測の域を脱しないが、もしかしたら薬物売買、傷害容疑なんてもんじゃなさそうだからな」
高田編集長は難しい表情で頭をかいた。
政樹の心中は複雑だった。憧れの人、家妻雪夜の死への違和感。これが発端となって始まった一連の流れ。色んな人を巻き込んでしまった。そんな後悔が次から次へと彼の心の波を荒立てていた。
「もうあとには引けませんよ」
波を止めるようにこう声をかけたのは、もちろん奥屋紗知だった。
「事態は動いているんです。いまさら富岡さんが尻込みしたところで、もう誰も止められないですからね」
政樹はまた、紗知と編集長に深々と頭を下げた。
「ほらほら!美咲ちゃん忙しいんだから、こんなところで油を売ってないで、早く戻ったほうが良いですよ!」
手負いの紗知からの言葉で背中を押され、政樹は肩を落としながら、フラフラと病室を出ていった。
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