紀 聡似

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茂木さん事件

 我が家では、夏のお盆期間に二泊三日だけ海水浴の旅行へ行くことが恒例行事であった。  父の夏休みはその三日間だけなので、初日はだいたい午前三時ごろに車で出発し、朝の七時ごろには現地に到着しているのが通例だっ […]

銭湯余話

 生まれてから十歳までの間、我が家は風呂無しアパートに住んでいたために銭湯通いだった。  今さらながら銭湯通いは面倒だっただろうなと思えてしまうが、生まれてこのかたそれが当たり前だったので、当時の私は何とも […]

正月の一齣

 不思議と昔から父の実家のことを「おばあちゃんち」と呼んでいた。祖父もまだ健在のときからである。  確かに幼少の頃から父の実家へ行くと、いつも祖母が遊び相手や話相手になってくれていたし、お小遣いをくれたり、 […]

北斎の隣人

   富次郎は仕事の手がしばらくのあいだ止まっていた。  その心は、自宅の隣に越してきた親子連れのことが頭にあったからだ。  富次郎の住まいは本所界隈にある裏長屋で、独り身の若者である。 「ちょい […]

異質な恋心

異質な恋心   尾澤こう。  この人物に泰臣が妙な興味を持ちだしたのは、ちょっとしたことが始まりだった。それは彼が実家に帰った際のこと。父が祖母の遺産整理に要した、先祖や親戚数々の戸籍謄本に目を通していたと […]

焦爛の芍薬 最終話 ~自白~

 ~~ 離郷 ~~  ちょうど一年前の、こんな秋のことだった。  この屋敷で誠司の日記帳を探し出し、真希は美由紀と多江と夜中まで色々と会話をした。  真希は最初は謎解きのような気持ちで半分いたが、美由紀と多 […]

焦爛の芍薬 第7話 ~永遠の離別~

 ~~ 祖母の観念 ~~  庭の脇にある深夜の土蔵に三人が集まった。 「多江ちゃん、そんなに怖い顔をして一体どうしたのよ。真希ちゃんまでここで何をしていたの?」  圧倒的な不気味さを放っていたのは、多江より […]

焦爛の芍薬 第6話 ~金切り声~

 ~~ 純粋 ~~  十九XX年十二月二十七日 『あの聖夜に初恵がつぶやく様に言った。「二十八日には私は大阪へ発つ事になりました」と。その時の表情は果たして誇らしげであったのか暗がりで分からなかった。ただ俺 […]

焦爛の芍薬 第5話 ~聖夜の過ち~

~~ 切り取られていた祖父の日記 ~~  一九XX年九月二十日 『初恵からの手紙は未だに開封はしていない。これからの日本の先行きに、世間でも専ら戦争の話題で持ちきりなのもあるが、俺に開封させる勇気がないから […]

焦爛の芍薬 第4話 ~初恵の手紙~

 ~~ 黄昏と巻き鍵 ~~  真希は二階の自室から、夕暮れ時の庭をボンヤリと眺めていた。  今にも庭木の隙間から初恵がひょっこりと現れるのではないかなどと、幻覚めいた感傷に浸っていた。  気が付けば、すっか […]

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